大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)1875号 判決 1955年6月09日

控訴人 被告人 野田幸夫

弁護人 宮沢邦夫

検察官 田辺緑朗

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は被告人並びに弁護人宮沢邦夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、いずれもここにこれを引用しこれに対し次のように判断する。

被告人の控訴趣意について、

(一)  所論は先ず、原判示第一の事実について、右資本増加の登記は、その前にダイハツ、オート三輪車(十四万三千円)を会社の所有として登録し、会社の財産帳簿にも記載してあるので、これに応じて資本増加をしたものであつて、右のような場合には資本増加をするが当然であり何ら罪となるべきものではないと云うのであるが、原判決挙示の証拠によれば被告人は判示株式会社丸市松本青果食品市場(昭和二十三年十一月二十日設立、資本金六万円、一株の金額五十円、当初商号を株式会社松本市民協同生活市場と称し、本店を長野県松本市栄町八百四十八番地に置いていたが、昭和二十四年六月二日商号を前記のとおり改め本店を同市博労町百八十九番地に移転したもの)の代表取締役であつたが、昭和二十四年秋頃、同会社取締役腰原寅雄、同大出岐、監査役佐々木文夫がその個人出資を以てオート三輪車を他より購入し便宜上会社名義で登録した上、会社の商品の運搬に使用し会社から使用料として月額七千円位の金員を受け取つていたので、昭和二十五年三月頃被告人は右オート三輪車を会社資産として計上するため資本金十四万円を増加することとし、増資株の割当は従前の株主にその持株数に応じて按分し、その払込は会社の預金から一時引出して払込を済ませたこととして、登記を済ませようと考え右三名の承認を得たのみで他の株主等には増資のことは話さず、正式に株主総会を開いて資本増加の決議をすることもなく、正式の株主の引受払込もなかつたのに、判示のように昭和二十五年三月三十一日頃東京銀行松本支店に対する前記会社の預金中から十四万円を引き出し、同日その金を協和銀行松本支店に右会社の増資による株式払込金として保管預をし同銀行より十四万円の株式払込金保管証明書の交付を受け、同日右保管証明書、内容虚偽の株主総会議事録、株式申込及引受書類等を添えて長野地方法務局松本支局に資本増加の登記申請をなし、同局職員をして会社登記簿原本に右各書類に基き同会社において昭和二十五年三月十五日十四万円の資本増加をした旨の不実の登記を為さしめこれを同局に備え付けさせた上、右登記完了の翌日協和銀行松本支店より右保管金金額の払戻を受けこれを丸市松本青果食品市場野田幸夫名義の当座預金に振り替えたものであつて、その後においても前記増資株式に対する払込はなされていないことを認めることができる。即ち被告人は前記十四万円の増資については株式の引受並びに払込がないのに、これがあつたもののように装つて、増資の登記の申請をし、前記のように同会社が昭和二十五年三月十五日十四万円の資本増加をした旨の不実の登記をなさしめたのであるから原審の認定は相当であつて、十四万円に相当するオート三輪車が会社資産として計上されたかどうか、又右増資払込金が実質上会社の銀行預金を以て賄われ会社としては当時増資額に相当する資産を保有していたかどうかは本件犯罪の成否に消長を及ぼすものではない。要するに原判決には所論のような違法はないから論旨は理由がない。

(二)  次に所論は判示第二の事実について、判示長野県物産株式会社の設立に当つては、発起人鎌倉善人外六名の株式の引受はあつたのであるが、払込期日に金が間に合わぬので、後から都合つき次第払込むとの誓約により、被告人が自己の責任で内五万円は現実に払込み残余の四十五万円は松本信用金庫より借り入れてその払込を完了したものであるから罪とならないと主張する。しかし原判決挙示の証拠によれば被告人はこれより先き被告人個人名義で木材燃料商を営んでいたが税金等の関係から個人経営よりも会社組織にした方がよいと考え昭和二十七年五月頃資本金五十万円の長野県物産株式会社と云う会社を設立し、その名義で商売を経営しようと考え、当時被告人個人の長野商工信用組合に対する預金の一部とその余は松本信用金庫からの一時借入金で五十万円の払込があつたものとして登記を済すこととし、知合の者に自分が前記会社を設立したいから名義だけ株主になつて貰いたい株式の引受や払込は自分一人でするからと云つてその承諾を求めた上、真実株式の引受、払込もなく創立総会を開いたこともないのに、昭和二十七年五月十二日頃払込の一部があつたように仮装するため判示のように長野商工信用組合に宛て五万円の小切手を振出しこれを株式払込金の一部として松本信用金庫に保管預をし、次いで右株金払込を取扱う金融機関である前記松本信用金庫と通謀の上、同月十三日同信用金庫より右会社設立登記完了迄四十五万円を借り受け、これを先の五万円と合せて五十万円の株金払込があつたように仮装し同信用金庫名義の五十万円の株式払込金保管証明書の交付を受けた上、同日長野地方法務局松本支局に対し判示第三記載のように会社設立登記申請書に、内容虚偽の前記株式払込金保管証明書、創立総会議事録、株式申込書等を添附し右会社が適法に成立したもののように仮装して同会社の設立登記申請をなし同局職員をして右各書類に基き会社登記簿原本に、資本金五十万円、発行する株式内容額面株式一千株、一株の金額五百円、発行済株式額面株式一千株、本店松本市餌差町一三三四番地、商号長野県物産株式会社なる会社が昭和二十五年五月十三日成立し同日その登記をした旨の不実の登記を為さしめこれを同局に備えつけさせた上、同月十五日頃前記金庫をして右保管金中より貸付金四十五万円を回収させ、残金五万円は被告人が現金を以て払戻を受けその後においても現実に株式払込金の払込はなかつたことが認められる。このように発起人が株金払込を取扱う銀行等と通謀の上、株金の全部又は一部の現実の払込がないのに拘わらず払込があつたように仮装する為当該金融機関より一時所要の金員を借り受けこれを同金融機関に預け入れて払込金の保管に関する証明書の発行をうけ、右証明書その他の書類により所期の設立登記等を完了した上は遅滞なく右保管金より先の借入金を返済することを約するが如き行為は当該借入金の授受が現実に行われたと否とを問わず商法第四百九十一条にいわゆる払込を仮装する為預合をなしたものに該当するものであるから原審が被告人の本件所為を判示のように認定し同条を以て問擬したのは相当である。

被告人は引受人の依頼により右払込金を一時立替えたものであつて罪とならないと主張するけれども、本件株式の引受並びに払込が仮装のものであつたことは前示認定のとおりであり且つ被告人が小切手により現実に払込んだと称するものも、その金額は五万円に過ぎず被告人の引受株数の払込金にも足らないものでありその余の分について全然現実の払込がなかつたことは記録上明白であるから被告人の主張は到底これを採用することができない。

(三)  次に所論は原判決第三並びに第二の事実につき被告人に罪を犯す意思がなかつたことを主張する。しかし被告人の主張は要するに法の不知を主張するに帰し、且つ被告人がこれらの所為を許されたものと信ずるについて故意過失がなかつたものとは到底認めることができないから論旨は採用するを得ない。

(四)  その他所論は本件は捜査権の濫用による不当の起訴である趣旨の主張をしているけれども本件記録に徴するもそのような事実はこれを認め難いばかりでなく、被告人の所為は原判示のようにそれぞれ犯罪を構成することは明らかであるから論旨はすべて排斥を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

被告人の控訴趣意

原判決を控訴状の如く取消し被告人は無罪にしてもらいたいから控訴したのであります。判決謄本を取つて見たら被告人の証拠として提出したのは採用されて居らない。

第一事実 (判決書による) 第一項の事実は一審に於いて証拠書類として松本市博労町一八九番地に本店を置いた株式会社丸市松本青果食品市場が昭和二十四年増資する前にダイハツ号オート三輪車壱台を会社と何等関係の無い金で十四万三千円で諏訪市藤森自動車商会より購入し長野県陸運事務所へ同会社所有の登録を致して居りましたので同陸運事務所の所有証明書を証拠書類として提出致しました如くでありますから増資するのがあたり前で、会社の財産帳簿に記載してあり故意に罪にしようと思えば控訴人の証拠は取上げぬと云うようにして判決書が出来て居ると思われるから実証して無罪を主張するものであります。

第二項の事実は被告人が昭和二十七年五月十二日発起人代表となつて松本市餌差町一、三三四番地に本店を置いた資本金五十万円の長野県物産株式会社を設立するにあたり発起人鎌倉善人外六名の株式の引受けは有り株式の申込もあつたが皆失業者ばかりにて払込期日に金がまにあわぬ場合は後から都合付き次第払込む約束にて皆誓約書が入れてあり被告人の信用のもとに松本信用金庫より個人が責任にて四十五万円借入れ五万円だけ被告人が内払い致し五十万円払込完了として設立したものにて誰に被害も損害もあたえたものでもなく、失業救済にて事業を始めようとしたものを警察の者が敵討ちに事件にしたり営業防害が目的にてやつて来たもので実に遺憾と存じます。証拠として一審に於いて森井啓好の書いた誓約書を提出したが、提出済森井啓好他は控訴趣意書に添付して提出致します。

第三項中は第二項の登記をしたことが記載してありますが、むしろ登記せずやつて居る事が不法だと信じます。何分にも商法違反や公正証書原本不実記載行使等と云う法律が控訴人が不知のため敵討ちに利用されたもので無罪を主張致します。其の理由は、被告人が長野地方検察庁松本支部へ昭和二十八年一月三十日毎日新聞松本支局長藤田源次郎、読売新聞松本通信部主任宮沢東、中部日本新聞松本支局長小池令治、信濃毎日新聞松本支局代表西村長次郎、信陽新聞社発行人小口貫一等を名誉毀損、信用毀損で告訴し同検察庁主席検事であつた松角武忠の手元え提出処理されたが被告人が松本市民生活協同組合理事長をしている関係上事実無根の組合売上代金を横領した如く新聞に大々的に発表したから告訴したのであります。又当時松本市警察署の捜査二課長であつた竹田進は部下の誤つた報告を基礎として被告人が事実無根の恐喝と背任があつた如くして私宅を家宅捜索するよう松本簡易裁判所の捜査令状を申請交付を受けて持参し被告人不在の時に松本市民生活協同組合関係の書類を持つて行つたから(家宅捜索して)あやまれ、謝罪しろと云つたが謝罪せぬので人権蹄躙と名誉毀損で同じく昭和二十八年一月三十日長野地方検察庁松本支部検事松角武忠の手元え告訴したので敵討したものです。被告人が株式会社丸市松本青果食品市場旧代表取締役在任中(昭和二十五年二月まで)株式の増資をした、やりかたが悪るかつた如く云うて逮捕状を造つて来て竹田進は昭和二十八年二月十六日朝被告人を逮捕して前記罪名を冠して大々的に被告人の名誉や信用を毀損して来たのであります。被告人は衆議院議員選挙に昭和二十一年に立候補したり、長野県知事選挙に昭和二十二年に立候補したり参議院議員選挙に昭和二十五年に全国区より立候補したが何れも落選したから昭和二十八年の参議院議員選挙に全国区より改進党公認として又立候補すべく準備中の処、前に生活協同組合で使用して居つた者で共産党へ加入して行つた者から、でまを飛ばした処から始つたものと推察出来るが誤つたら謝罪にくればよいのを謝罪せぬから警察官と云え共告訴したもので検察庁でどんどん取調べするのかと思つたらさにあらず、昔民主主義を云わざる時と同じように放つて置いて、江戸の敵は長崎で討つの主義でやつて来たもので被告人の告訴は放つて置いて検事松角武忠は警察の方を主として協力し、私を被告人扱にすべく逮捕し告訴を取下げたらどうかと言つたが私が告訴の方を取下げぬので困つて居つたが私の方を昭和二十八年三月五日前記罪名で起訴し、検事松角武忠は昭和二十八年三月二十六日退官して何れへか行つてしまい不明ですが私の告訴事件前記は昭和二十八年六月二十二日まで放つて置いて調べは簡単で同年八月三十一日不起訴にしたからとの通知であつたが段々告訴を上へ持つて行き、昭和二十九年一月二十八日付東京高等検察庁へ上告訴して取調べを公平に憲法通り法律を民衆にも為になるよう私達の納得の行くよう御調べ願可提出中私は無罪を主張して控訴を致した趣意であります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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